カルトナージュ 教室ついて色々参考になることが書いてあります。
0,40代くらいになってくると、
だんだんと肌のくすみが気になってくるのではないでしょうか?
若い頃に日光に対する対策とかを全然していなかったとしたら、
そばかすなども増えてきたりするかもしれませんね。
化粧をしてごまかしたくはないでしょうし、
ひどくなってくると化粧をしていても分かるくらいにまで
なってきてしまうこともあるはずです。
それを何とかしてすっぴんでもキレイでいたい、
そういう方達から注目されてきているのが、ピーリングジェルです。
これが結構な人気になりつつあります。
美容部門ランキングにピーリングジェルが入っていることが、
その人気を表していると思います。
一体どんな商品なのかというと、
その名前通りジェル状になっているので、
それを顔に付けて洗います。
一見洗顔料と何の違いもないように感じると思います。
でも、古い角質などといった取り除きにくい汚れなども
全部洗い流せるので肌がツルツルになるわけです。
使ってみると思っていたよりも顔に古い角質などが溜まっていて、
それがみるみる落ちていくのに驚くという人もいるそうです。
個人差はあると思いますが、
そこまで顔をツルツルにできる可能性があるとしたら、
自分がそんな状態になったところを想像してみたら、
かなり嬉しくなりますよね。
ここからは、少し方向を換えて、カルトナージュ教室の主宰者の側からの視点・・・ということを
盛り込んで参りましょう。カルトナージュ教室を開こう・・・というふうに考える方であれば、
よもや、カルトナージュ工芸が嫌いだ・・・というような方はいらっしゃらないでしょう。
カルトナージュ工芸が好きで、だから、カルトナージュ教室を開いて、カルトナージュ・・・と
いうことを、広めよう、普及させよう・・・というふうに思いついた・・・ということになるのだと
思われます。自分はカルトナージュなんて大嫌いだ・・・というような考えの人が、自分で
カルトナージュ教室を開こうとはしないでしょう。
ですので、カルトナージュ教室の主宰者は、少なくとも、カルトナージュ工芸というものに
対して、なんらかの情熱は持っている、持ち合わせている・・・というふうに考えていいか
と思われます。
それはそれとして・・・カルトナージュ工芸を普及させるという目的は、カルトナージュ教室を
開く、カルトナージュ教室を運営することのモチベーションとはなるでしょうけれど・・・
カルトナージュ教室の開催開講そのものが、ビジネスとして成立していないでは、長続きは
致しません。
いえ、ビジネスとして成立していなくても、自分は、カルトナージュ教室を続けるんだ・・・と
いうふうに考え、実際に、そういうことが可能なお立場の方が、半ばボランティアのように
して、カルトナージュ教室を維持運営していかれることに異を唱えるということでは
ありません。
カルトナージュ工芸に限らず・・・なにをつくるのか? なにを表現するのか? という点に
ついては、教室で習うことはできません。カルトナージュ教室で習うことができるのは、どう
つくるのか? どうやって表現するのか? という部分でしょう。
しかし、そこのところを、カルトナージュ教室で習得することが出来るのであれば、それは、
素晴らしいことです。カルトナージュ工芸という表現技法に関して、いったい、どこまで
できるのか? ということについて、わたしなどは、とても興味があります。
そういったことを考えるにあたって、では、カルトナージュ教室に通ってみようか・・・という
ふうな考えも出て来る・・・ということですね。このあたり、とても重要なことです。どんなこと
を表現したいのか? ということについて、明確なものを持っているとすると、では、
カルトナージュ工芸において、自分が表現したいものを表現することが可能であるの
かどうか? ということを考えることは、当然の流れとなることでしょう。
ですので、この点・・・カルトナージュで、どこまでできるのか?・・・ということを知りたい
がために、カルトナージュ教室に通う・・・というようなことも、実際に、起こり得る・・・と
いうことですね。
カルトナージュ教室の主宰者が、カルトナージュでどこまで出来るのか? ということに
ついて、明確な指針のようなものを持っている教室であれば、わたしのニーズを
満たしてくれるカルトナージュ教室である・・・ということが言えるでしょう。
カルトナージュ工芸というものに対して実際に創作という観点から携わってみる・・・ということは、
とても有意義なことであるようにわたしどもは感じております。
未だ、カルトナージュ教室にも通ったことが無いわたしが、カルトナージュ工芸の作品に触れ
てみて、それで、実際にカルトナージュ工芸をやってみる・・・全く自己流で・・・の後に、
一念発起して、カルトナージュ教室を探して、教室に通ってみる・・・というようなことだって、
実際にあってもいいとわたしは考えております。
一度、カルトナージュ工芸の創作についてやってみる・・・ということを経験した上で、では、
カルトナージュとはどういうことであるのか? という点について、実際に、カルトナージュ
教室に通うことで知る、学ぶ・・・ということは、素晴らしいことはありませんか・・・。
勿論、カルトナージュ工芸についてなにも知らない段階で、カルトナージュ教室に、なんと
なく興味本位で通う、通い出す・・・ということがあってもいいと思われます。
それはそうで、カルトナージュ教室に限らず、およそ、どのような教室や習い事でも、最初、
なにも知らずに通い出す・・・ということを重要視する風潮もあります。先入観がない分だけ、
伸びやすい、とか、変な癖がついていなければ、教えやすい・・・ということになります
でしょうか・・・。
カルトナージュ教室についても、同様のことが言えそうです。しかし、創作というのは、・・・
いつも申しております通り、なにを創るか、どんなことを表現するか、ということについては、
習うことはできません。
カルトナージュ教室で、厚紙を用いて、部屋に飾るオブジェを創作してみる・・・。なんとも素敵
ではないですか。カルトナージュ教室でオブジェを・・・って、なんだか、キャッチフレーズに
なりますよね。
なんのキャッチフレーズだって? ええ・・・カルトナージュ教室への集客・・・ということの
キャッチフレーズですよ(笑)。いえ、わたし自身が、カルトナージュ教室を開こうと考えて
いるのではなくて、わたしは、カルトナージュ教室へ通いたいと考えている方なのです。
この点はご理解ください。全く単独で、カルトナージュ創作に励むこともいいでしょう。そういう
ことが、実際に、芸術的に価値の高い創作を生む可能性だってあるわけです。
カルトナージュ教室に通ったこともなく、カルトナージュ工芸について殆ど知らない人間が、
どこかで、カルトナージュ工芸に出会ったことによってインスピレーションを感じて、
カルトナージュ工芸の創作に着手した・・・というようなことです。
およそ、創作のヒントというものは、どこにでもあります。いまわたしが申し上げたようなこと
・・・カルトナージュ工芸について門外漢で、カルトナージュ教室のような場所にも通ったこと
もないようなわたしのような人間が、たまたまインターネットで、カルトナージュ工芸に
出会って、それで、なんらかの啓示を受ける・・・というような(大袈裟でしょうか?)
ことが、実際に、ないとは言えないのです。
そういうことの中で、カルトナージュ教室の果たす役割というようなことを考えて
参りましょう。
例えば美術展に展示されるようなレベルの厚紙工芸に、カルトナージュ工芸の影響を感じる
ようなことが、今後、カルトナージュ教室に通うわたしにとって、起こり得るかもしれません。
そしてこのことは未だ経験しておりませんが・・・“カルトナージュ工芸”というジャンルでの出展
・・・ということも、今後起こって来るでしょう。いや、わたしが知らないだけで、既に、カルト
ナージュ工芸というのは、我が国の美術工芸において、重要なジャンルになっているのかも
しれません。
そうであれば、カルトナージュ教室を今後開講しようと考えておられる方にとっては、追い風
になりますよね。わたしのように、カルトナージュ教室があれば通ってみたいな・・・というふう
に考えている美術愛好家も、あちこちにいるのではないかな? というふうな予感もするの
です。翻って考え見ますと・・・自宅で、時間の空いているときなどに、厚紙工芸に勤しんで
いる方、というのは、結構いらっしゃるのではないでしょうか?
工芸という言い方が大仰であるなら、厚紙工作でもいいでしょう。そんなふうにして、余暇を
楽しんでいる方が・・・特に年配の女性に多いのではないでしょうか? そういう方が、近く
にカルトナージュ教室などがあれば、では、カルトナージュとはどんな工作で、教室で、
どんなことを教えてくれているのかな? というふうな興味本位でカルトナージュ教室を
覗いてみる・・・というようなことが実際にあるようです。
カルトナージュ教室を見つけて、実際に教室に通って、カルトナージュ工芸についての基礎
を学ぶということは、とても重要なことです。何事も、まずは、基礎を学ばないと、そこのところ
をすっ飛ばして、いきなり創作・・・というふうになってしまうと、これがなかなか難しいですよね。
いつかの記事でわたしが申し上げたことと矛盾している点があるかもしれません。即ち、
創作なんてものは、カルトナージュを含めて、個人が勝手に想像性を活かして行なうものだ
・・・というところですね。この考え方に変わりはありません。わたいはいまでもそのように
考えております。
カルトナージュがやりたければ、我流のカルトナージュをやればいいわけです。それで、
個性的な創作が出来ればいいわけです。そういう意味では、わたしは、カルトナージュ工芸と、
日本の厚紙工芸との区別について厳密に考えてはおりません。
カルトナージュ、という呼び方に新鮮味があっていいな・・・くらいのことを考えるのみです。
しかし・・・ここに、カルトナージュ教室という教室が開講していて、件のカルトナージュ教室を
主宰している人間が、カルトナージュ工芸について学んでいるとなれば、件のカルトナージュ
教室主宰者の、カルトナージュ工芸に関する知識見識を伝承して行くということは、わたし
たちにとって意味のあることでしょう。
日本に昔からある厚紙工芸や和紙工芸・・・といったものと、カルトナージュ工芸との融合・・・
ということを考えるなら・・・これは素晴らしいと思います。
それでは・・・巷で開講しているカルトナージュ教室では、いったい、どのようなコンセプトで
カルトナージュ工芸について教えているのでしょうか? カルトナージュ教室というふうに
名が付いているわけですから、実際に、カルトナージュ工芸の制作というところまで教えて
いるのだと思われます。
おそらく、カルトナージュ教室と称している教室では、カルトナージュ発祥の地であると
思われるフランスあたりの厚紙工芸について教えているんだ・・・というふうに考えていい
でしょう。
わたしも、実際のところ、カルトナージュ教室に通えば、フランス辺りの厚紙工芸について
教わるのだろうと思っております。厚紙工芸であるならば、カルトナージュ教室に
通わなくっても出来るよ・・・というふうな考え方が一方にあるかと思われます。
わたし自身、この考え方に賛成のところもあります。そもそも、創作なんていうものは、
個人の創造性を活かして、勝手にやればいいのです。勝手にやれる人は、そうすれば
いいのです。
しかしながら、勝手にやれない人の方が、勝手にやれる人と比べると、圧倒的に多い
のが、美術工芸の世界であるのだろうとわたしは考えております。文字通り、勝手に
やれないのですね。
カルトナージュであれば、カルトナージュ教室にわざわざ通って、基礎から教わることに
拠って、カルトナージュ工芸が出来るようになる・・・ということなのですね。そういう意味
では、カルトナージュ教室の存在意義というものについても理解が出来るじゃ
ありませんか。
そもそも、カルトナージュ教室で教えているカルトナージュ、という美術工芸は・・・現代美術に
属するものであるのでしょうか? そういう場合・・・カルトナージュ工芸が、現代美術の
ジャンルに属するような場合・・・もあるでしょう。作品や、作品が制作された意図、それから、
制作の方法・手法・・・といったものを総合的に判断して、現代美術とカルトナージュとの関係
を判断した方がいいのかもしれません。
そもそも、カルトナージュであればカルトナージュが、古典美術であるのかそれとも現代美術
であるのか・・・といったことなど、この際、どうだっていいことです。
カルトナージュが、カルトナージュ教室で教えている工芸が、現代美術であろうと、古典美術
であろうと・・・わたしが作り上げたカルトナージュの意味や価値が、それで変わるわけでは
ありません。しかし、人間というものは、とかく、分類をしたがるものです。ですので、
個々の作品、個々のカルトナージュ毎に、それが現代美術の領域のものであるのかどうか?
ということを考えてみる、ということは、頭の体操にはなるかと思われます。
しかし、所詮それだけのことです。そんなことに拘るよりも、自由闊達にカルトナージュ工芸
に携わればよいのですし、カルトナージュ教室に通うことがあってもいい・・・ということである
のだと、わたしは考えます。
カルトナージュと聴くと、なんだか、パスタのカルボナーラを思い浮かべてしまうのは、わたし
だけでしょうか?
カルトナージュは、最早、細工というよりは、工芸の域に達しているかと思われます。細工か
工芸か・・・といったような区別が意味があるわけではありません。わたしが個人的にその
ように考えて、区分けをしているだけのことです。
カルトナージュというのはフランス語で、厚紙細工、というふうに訳することが適当である
と思われるのですが・・・この点は意見が分かれるところでしょう。段ボールなどの厚紙を
利用して工芸にまで仕立てるということを教えるがカルトナージュ教室だとすると、わたし
などは、この、カルトナージュ教室に、とても興味があります。
なにしろ・・・わたしは、工芸などの手仕事が好きで・・・カルトナージュ教室のようなところ
に通った経験はないのですが・・・我流で厚紙細工をやるのには限界があるなあ・・・など
と感じている今日この頃です。
ですので、カルトナージュ教室などがあれば、是非、通ってみたいなあ・・・というふうに
思っているのです。毎日の生活の中で、リビングや書斎などに、手製の工芸などが
飾られていれば・・・心がなごむ、というものです。
もともと、厚紙細工に興味があるわけですので、これは、是非、やってみたい、やってみる
・・・というふうになってしまうということですよね。
カルトナージュ教室について、いまわたしは、あちこちあたって、探しているのです。
カルトナージュ教室という名前が付いていなくっても、厚紙工芸について教えているような
ところはあります。